東成瀬の4層
2人の子どもの自立後、余生を生きるための初老の夫婦の住まいである。
90年代初頭に建てられたスキップフロア型のマンションであるため、南北にバルコニーをもつ。南北に長い室内はもともと4室に分割されており、北側の室は冬は寒くカビが生えやすく、南側の室は夏は暑いというように、室ごとの環境差が顕著であった。一方で、4室をつなぐ廊下の空間は南北につなぐように建具を開けば心地よい風が流れ、壁を解体してワンルームにすれば環境差をなくすことが容易なのは明らかであった。
施主からはその環境差の改善を求められた。また頻繁に来る孫が安心して眠る場所、一人になる趣味の部屋、ご近所さんの応接の場所、ときどき仕事できる場所、たまに大人数で集まれる場所、年に数回のゲストの宿泊部屋、などとさまざまな過ごし方の要望がその頻度とともに提示された。
要望の多くは、2人だけの終の住処を豊かにするだけでなく、子どもがいなくなり生まれた余剰のスペースを活用して、住宅が本来持っていたはずの、さまざまな時間軸をもつ他者との関わり方や人の集まり方を許容する空間を求めているように思えた。そこでその要望を、時間軸を介在させた室と室の関係性ひいては境界のあり方の問題ととらえなおし、もともとあった4室の境界面(A:メクラの三枚襖、B:押入と間仕切壁、C:間仕切壁)を、それぞれ既存を生かしつつも手を加えることで、異なる性能を持つ境界面に生まれ変わらせた。
機能主義によった4室でも、不均質なワンルームでもなく、境界の再定義により住宅内に複数の層を生み出すこと。南北に細長い4室の環境差を完全にとりはらうのではなく、その既存の骨格を尊重しながら、それらの環境差を状況に応じて自由に伸び縮みさせられる住まいにした。複数の層は住まい手の過ごし方に冗長性を担保し、2人の終の住処において、子どもや孫、来客などの他者がそれぞれの距離感で共存することを容易にする。層をもつ住宅が、初老の夫婦が二人だけの世界に閉じることのない生き方に答えられるのではないかという仮説の検証である。TEXT:海法圭 住宅特集7月号より
- 用途
- 住宅
- 概要
- リノベーション
- 場所
- 神奈川県伊勢原市
- 設計
- 海法設計事務所
- 施工
- 前田工務店
- 写真
- 繁田諭 写真事務所