本牧の家
この家は神奈川県横浜市の港を望める高台に建つ。敷地は西面道路で東面は斜面地となっており、この建物のおよそ半分程度はこの斜面地に建っている。この家で暮らすご夫婦は横浜で挙式を上げ、ご結婚前も横浜の港付近でよくデートをしていた事もあり、二人にとって思い出深い横浜の地で敷地を探していた。一緒に見てまわった時に見つけたのがこの敷地だ。元々建っていた家から住人が出てきて、私たちを家の中に案内をしてくれた。そこで目にしたのは、お二人にとって最も思い入れのある、横浜の港を遠くに、一望できる絶景だった。二人はその景色に一目惚れをして即購入を決定。そしてこの家の計画が始まった。二人が楽しみにしていたのは食事の時間。パンを焼くのが好きな奥様と、休日に家族で食べる朝ごはんを特別楽しみにしていたご主人。もちろん朝ごはんも夜ご飯も。ご主人様の趣味であるレコードをかけながら、家族で過ごす食事の時間は、リビングよりも重要度が高いという程、楽しみにされていた。奥様はお子様とキッチンで一緒に料理をする時間も楽しみにしており、このご家族の中心がキッチンダイニングである事が容易に想像ができた。奥様はパンを焼き、発酵するのを待つ時間の読書を楽しみにされていた。リモートワークが中心に切り替わったご主人はワークスペースを求めた。
お二人の要望を形にするために、この敷地の最大の魅力である横浜の港を一望できる一等席には、部屋のように使えるバルコニーを用意した。バルコニーには屋外収納を設け、外で使いたいものはそこに収納をすることができる。またバルコニーの一部に天井の低いところを設けた事で、開放感のある居場所であるバルコニーに落ち着きとこもり感のある居場所が出来上がった。このスペースはご主人のリモートスペースとなる予定だ。ちなみにこの下り天井は斜線制限を避けるためにできたもので、室内のキッチン上部まで続く。住まいを建築する時には法規や予算、様々な都合により元々の計画では進められなくなる事がしばしばある。そんな時私達は、ただただそれに準じて形を変えるのではなく、与えられた条件をクリアしながら更に良くなるという状況を求めてしまう癖がある。問題を解決して辿り着いてしまえば、元の形には戻したくなくなる。そんな状況をつくる事が理想となる。もちろん全てが上手くいく事ばかりではないが、お施主様の理解と協力もあり、多くの場合、問題により更に良くなることが多い。今回の事例ものそのひとつである。建物を建築する部分の半分近くが斜面地に面しているという事もあり、計画の途中は問題や課題は多くあったが、お施主様の理解により、そのほとんどをより良くなる方向へと変換して進める事ができた。バルコニーに面した部屋の内側にはダイニングテーブルとキッチンがつながる。全開放できる大型窓を開けると、室内のダイニングスペースは外のような居心地となる。キッチンに立った時正面の壁には高窓を設けた。この窓からは遠くぬける空を眺める事ができる。夜のムードも大切にしたいと言っていたお二人のために、照明計画は念入りに行われた。明る過ぎずに暗過ぎない必要なところにはあるが不要なところまでは明るくしない。そうする事で空間に光の陰影が生まれ、夜にしか見せることのない上質な雰囲気の内部空間ができ、空間の外にはバルコニーを介して横浜港の光が夜空を照らす。バルコニーに設置したコンセントに卓上のIHを取り付け、バルコニーで気軽に食事をする事もなんの違和感もなく容易にできてしまう。横浜港の夜景を望みながら、ダイニングテーブル裏に設けたレコードプレーヤーに針を落とし、大好きなBGMで一番楽しみにしていた家族との食事を満喫しながら、この家でこのご家族は暮らしていく。外で食べる食事と家族の温もり、大好きな音楽と思い入れある地の夜景。住まいに、これ以上に贅沢な事があるだろうか。お風呂の窓からも横浜港を一望する事ができる。決して大きくはないが、普通の家にはない贅沢すぎるほどの居場所がこの家には存在する。住まいの価値とは何か。再度考えさせられ、私たちの信じる道が間違いではないことを確信する事ができる住まいがここに完成をした。
- 用途
- 住宅
- 概要
- 新築
- 面積
- 敷地139㎡ 延床面積86㎡
- 場所
- 神奈川県
- 完成
- 2021年7月
- 設計
- 前田工務店
- 施工
- 前田工務店