南原の家
この住まいは小田原市の郊外にある新しい分譲地の一角に建つ。敷地は南道路に面した正方形で東西北には近隣住宅が立ち並ぶ。家族構成はご夫婦と娘様。施主のご主人と私は私の好きなブランドの洋服店で知り合った。ご主人はアパレルショップに勤務するサーファーである。無駄な創芸やものがある空間を嫌う奥様は持ち物が驚くほど少ない。計画前に訪れさせてもらった賃貸の家。そこで奥様に見せてもらったキッチン周りの収納の内部に驚いた。扉の中を見ても良いかと聞いたところ、ものがあって恥ずかしいいけど良いとの回答をもらい扉の中を拝見させてもらった。中にあったのは、わずかなタッパと食器であった。見えているところだけではなく扉の中も整理がしやすい方が良いとの事だった。ご主人が求めたのは休みの日に、サーフィンから帰宅後、ビールを飲みながら映画を楽しめる家。庭とつながる縁側でゆっくりとくつろぎながら、スローな時間を楽しめる家。ものがしっかりと整理できるわずかな収納と、心地の良い時間を楽しむことができるシンプルな住まいが求められた。二人の要望を形にするため、今回はシンプルに南側に庭を配置、駐車スペースを縦列型に配置する事で、庭の奥行きを最大限確保した。庭スペースは木フェンスを設け、道路を通行する人からの視線を守れる計画とした。庭には芝を植え、子供が裸足でも遊べる環境を整え、一部に植栽を配置する事で雰囲気を演出した。庭には大き過ぎない程度のウッドデッキを設けた。大きすぎるウッドデッキは今回の場合、庭スペースを圧迫してしまうと考えたからだ。ウッドデッキは全開放できる大型サッシで室内のダイニングスペースとつながる。キッチンは空間に連続性をつくるために壁付けとした。また収納量がほとんど入らない事と、極力シンプルな空間を希望されている奥様の為にキッチンには必要最小限の機能のみを持たせ、キッチン周りに必要な家電や物類は階段下を利用したパントリーに収納をしてもらう事にした。パントリーは階段下から少し拡大し冷蔵庫やすぐに取り出したいものそのスペースに収納ができるようにした。収納は2階洗面室にも考慮した。極力ものを見たくないという奥様のために洗面室を広めにとり、その一角に収納スペースを確保。この家の物量であれば十分な収納スペースになると確信していたが、完成後にこの家を訪れて驚いた。洗面室には見事に何もない。あるのは手洗い用のハンドソープと洗面に差し込む綺麗な光のみである。多分、これは予測であるが、ショールームよりも出ているものが少ない。ものがないという事がこれほどまでに贅沢で豊かな事だという事なのだという事を感じずにはいられなかった。話しは一階に戻る。外とつながる明るく開放的なダイニングキッチンとは対象的にリビングスペースは壁の多い落ち着きのある空間を目指した。人は様々な気分の時がある。日に当たりたい気分の時もあれば、落ち着いた空間でのんびりとしたい時もある。だから私たちはよく、対比する居場所をひとつの空間の中につくる事が多い。今回、落ち着きのあるリビングを目指すため、ご主人の好みも考慮し壁の色を少し落ち着きのある暗めの色を選択した。L型に色を配置することでソファーに腰掛けた時は画像で見るよりも落ち着いた雰囲気を味わうことが可能になる。また性格の異なる空間を演出するために、リビング空間はダイニングキッチンよりも一段下げる構成とした。一段下げることで空間領域がわかれるだけではなく、その居場所に落ち着きをももたらせてくれる効果がある。この家にテレビはない。テレビを見るときはプロジェクターを使用する。プロジェクターをつけると120インチの贅沢な大画面が現れる。極力要素を減らしたいという奥様の潜在的要望に応えるためにプロジェクター用のスクリーンは設置せずに、プロジェクターを映し出すのに適した壁紙を選択した。そうすることでプロジェクター未使用時はテレビもスクリーンもないプレーンな空間とする事が可能となった。細部に至るまで予算の中で可能な限り無駄を排除した空間には、奥様とご主人のセレクトした最小限のものたちが身を委ねる。夜には最小限の光が心地の良い空間を演出し、この空間で過ごす人に心地の良さと安らぎを与えてくれる。私が訪れたこの日、帰る頃にはプロジェクターに焚き火の映像が映し出されていた。焚き火のパチパチッという音に包まれる空間で話は不思議と人生観の話題へと切り替わっていく。決して複雑な間取りではない。しかしこの家には日本の多くの家にはない大切なものがある。住まいに必要なものは何か。この家はその問いに、確信のようなものを私に見させてくれた。
- 用途
- 住宅
- 概要
- 新築
- 面積
- 敷地140.61㎡ 延床面積78.66㎡
- 場所
- 神奈川県
- 完成
- 2021年9月
- 設計
- 前田工務店
- 施工
- 前田工務店